No.581 生い立ち

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私の夢は「日本に貢献出来る人間となること。」

天から授けられたこの力を世のため人のために使わさせて頂き

必ずや夢を叶えてみせます!!

私の人生の目的は

「人に喜ばれる存在となって

 自分自身も幸せになることです。」

 

今月は秋に予定している

書籍出版の原案をまとめていきます。

よって、

基本的には以前掲載したものに

加筆修正を加えた内容となります。

どうぞご了承下さい。

 

おはようございます。

今日は私が支部長を務めている

「賃貸UP-DATE実行委員会九州支部」の

勉強会を開催致します!

今回のテーマは

「コンセプト型シェアハウス」

空き家対策や空室対策として、

れまでにない可能性を感じています。

私自身、本当に楽しみです!

しっかり勉強してきます!

皆様もどうぞ素敵な一日をお過ごし下さい!

 

 

『生い立ち』

 

私は、昭和49年8月7日に

福岡県朝倉市に生まれました。

兄弟は3人。姉と妹に挟まれた長男坊です。

両親と祖父母、私達3人兄弟の7人家族でした。

私は幼少の頃から大人しい性格で、完全にインドア派。

友達と外で遊ぶよりも、一人で家にいる事を好むタイプでした。

家は「中西洋服店」といってテーラーを営んでおり、

大学進学を諦めて家業を継いだ父は

学歴にコンプレックスを抱えていて、

私に過剰な期待を寄せていました。

分かり易く言えば、

勉強もスポーツもNo.1である「スーパーマン」たれと

期待されていたわけです。

一方、母はと言うと、

同居する祖父母に気を遣いながら家計のやり繰りに追われて

子供達に対しては放任状態でした。

父からのプレッシャーと母親の愛情不足に耐えながら

幼少期を過ごしたせいで、

私は自分の感情を抑え込むようになりました。

他人に心を開けなくなってしまったのです。

加えて、私は勉強もスポーツも苦手でした。

頭は悪いし、運動音痴。更に、酷いアトピー性皮膚炎。

親の期待に応えきれない私は、

年齢を重ねる毎に自信を失っていき、

自分が嫌いで、自己否定の塊となっていきました。

そんな自分の心の溝を埋めようと、

無理して明るく振る舞い、

目立つ存在を演じ続けていました。

父の期待に応えたくて始めた野球。

別に好きでもなかった野球。

それを一生懸命続けていました。。

そうして迎えた中学3年のとある日。

当時の私は、野球部キャプテン兼生徒会長です。

野球は補欠でしたし、成績も中の下ぐらい。

それはそれは重い十字架を背負っていたのです。

その日、突然。。。

何もかもがイヤになり、

それから学校に行けなくなりました。

野球部キャプテンで、しかも生徒会長が登校拒否。

まさに前代未聞の不祥事と言えるでしょう。

思春期の私は、心に大きな傷を負ってしまいました。

そのストレスで過食症気味となり、

体重も100kgを超えてしまう有様。

私は心身共にコンプレックスを抱えるように

なってしまったのです。

どうにかしてギリギリ入学出来た高校も

行ったり行かなかったりで、全然楽しくありませんでした。

そう。

私には青春時代がないのです。

15歳から25歳までの10年間は辛い想い出ばかりです。

父の期待に応えるために一浪までして

三流大学に入りましたが

ここでも「入学すること」が目的であったため、

入学した途端、腑抜けのようになりました。

とにかく孤独で寂しかった。

自信がなくて自分の感情を抑え込んでいる上に、

自分が嫌いで、コンプレックスの塊となった私は

人と話すと自分と比較してしまって傷付くばかり。

いつの間にか他人を避けるようになっていました。

友人も出来ず、大学は卒業式すら出ていません。

自分の中にポッカリと空いた

大きな穴を埋めようと、

難関資格に挑戦したり、

ボクシングジムに通ったりするも全て挫折。

決定的だったのは

大学卒業後にフリーターとして働き出した

ホテルマンの仕事。

「この仕事に賭ける!」そう決意して働き出すも

1ケ月弱で挫折。

無断欠勤をしてやめ方も最悪でした。

自分に絶望してしまった私は、

それから約1年間引きこもりとなります。

1998年。この年が人生で一番辛かった。

自分の存在意義を感じられず

「自分は何故生まれてきたのか?」

「自分がいなくなって誰か悲しむのだろうか?」

と問い続ける毎日。

生きていることを申し訳なく感じていました。

毎日が辛くて辛くて

遂には自殺未遂まで図ったほどです。

 

私はこのような生い立ちを過ごしてきました。

お分かりのように私は完全に凡人です。

いや、能力的には凡人以下と言えるでしょう。

習字、スイミング、バスケット、野球、ボクシング。

何をやっても中途半端でした。

幼少の頃からこれと言った取柄は何もありません。

ただ図体がデカいだけの木偶の坊です。

当時の私の根底をなしていたのは

「恥」と「悔しさ」と「劣等感」でした。

私は「恥」と「悔しさ」と「劣等感」で出来ていました。

自分が嫌い。

自信がない。

他人に心を開けない。

何をしても楽しくない。

生きているのが辛い。

人生に夢も希望も持てない。

そのままの状態で容赦なく人生は過ぎていき、

気が付けば40歳を迎えていたのです。

 

私は夢を叶え、日本に貢献出来る人間となりました。

有難うございます!!

 

本日も最後までお読み頂き有難うございました。

心からの感謝を込めて。

「有難う。愛しています。」

中西紀二

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