No.591 無 形

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私の夢は「日本に貢献出来る人間となること。」

天から授けられたこの力を世のため人のために使わさせて頂き

必ずや夢を叶えてみせます!!

私の人生の目的は

「人に喜ばれる存在となって

 自分自身も幸せになることです。」

 

今月は秋に予定している

書籍出版の原案をまとめていきます。

よって、

基本的には以前掲載したものに

加筆修正を加えた内容となります。

どうぞご了承下さい。

 

おはようございます。

お盆2日目、如何お過ごしでしょうか?

私は今日は妻の実家へ行きます。

妻のご先祖様にも

日頃のお礼と感謝をお伝えしようと想います。

ご先祖様を敬う気持ちを胸に

皆様もどうぞ素敵な一日をお過ごし下さい!

 

 

『無 形』

 

この世に生を受けたからには

自分が生きた証を遺したい。

「確かに自分という存在がこの世にいた」

という証を。

誰しもそのように想うものでしょう。

これは人間が持つ本能的欲望と言えるのかもしれません。

それでは、生きた証とは何でしょう?

生きた証を遺すとはどういう事でしょうか?

子孫を遺す。

仕事の実績を遺す。

資産や財産を遺す。

そのような「形としての証」を連想しがちですが

実のところはそうではない気がします。

この物質世界では、物質至上主義のごとく

形あるものにばかり価値が置かれがちですが、

私達がこの世に生きた証は、

本当の意味で後世に遺すべき証とは、

無形なのではないでしょうか。

本当に大切なものは目には見えない、

形なきものではないかと想います。

「想い」

「生き方」

「魂」

「心」

いずれも形のない、

目には見えないものですが大切なものばかり。

ところが、

目には見えない故にこの物質世界では軽視され、

その価値がおろそかにされているように感じます。

どのような人生を歩んできたのか。

どんな想いで生きてきたのか。

何を大事にして生きたのか。

そんな私達の「生き様」や「生き方」こそが

生きた証となるのではないかと想うのです。

 

かのヘレン・ケラーも

このように言っていたそうです。

「この世の中で最も高貴なものは

 目には見えないし、触れることも出来ません。

 ただ、心で感じるのみなのです。」

形あるものはいつか廃れますし、

形あるものばかりを求めていると

人は欲望に溺れて

次第に利己的になっていくものです。

これに対し、

形なきものはいつになっても廃れない。

形なきものを大事にしていると

人は次第に利他の精神に目覚めていくもの。

それによって「心」や「魂」が磨かれていくのでしょう。

私達が後世に遺すべき生きた証とは

正しい想いを持って、

心や魂を磨き続けた「生き様」である。

目には見えない、

形なきものを大切にする「生き方」である。

そして、それは善くも悪くも

後世に承継されていくことでしょう。

私達の生き方が、子や孫の生き方となるのです。

 

本当に大切なものには形がありません。

 

貴方は後世に何を遺したいですか?

 

私は夢を叶え、日本に貢献出来る人間となりました。

有難うございます!!

 

本日も最後までお読み頂き有難うございました。

心からの感謝を込めて。

「有難う。愛しています。」

中西紀二

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